30歳代の男性ですが、「躁病」「うつ病」を繰り返して、15年以上通院、カウンセリング(3回カウンセラーを変わられました)を受けて絶望のあまり常に「死ぬ事」をだけを考えておられました。当然理解出来ます。色々な事柄に「恐怖観念」を持っていて、重篤な「強迫神経症」である事が一見して分りました。引き受けるかどうか正直迷いました。「責任問題」ですから。回復する確率は0%に近いものでした。
しかし、3人ものカウンセラーがしているカウンセリングと私どものカウンセリングが違います。「治療カウンセリング」ですから。「聴くだけのカウンセリング」はしません。何度もクライアントと対立しました。治療段階を上げる時のカウンセリングの時には衝突しました。「知識」としては身についておられますから(色々勉強して)3人のカウンセラーからも「うつ病」については言われていますから)困難さを感じながらも自分の方法のカウンセリングに引きつけて行きました。強迫観念も強くなったり、落ち着いたり繰り返しました。遠方から通うだけでも大変な状態になりました。
しかし、決して諦めなかったのです。とことん回復させて見せると思うようになりました。2年目に入ってから、異性の友人を紹介しました。自分は絶対女性からは相手にされない。と「思い込んでいましたから。」段々こちらのペースに持ち込む事が出来るようになってきました。本人が「ひっかかり」と言われる沢山の心配事を一つ一つ消していきました。
今現在は3年近くになりますが、もう将来の自分を考えてもらう所まできました。もう「回復」が見えています。「頑張った事に自信」を持つようにこちらも考えています。「あきらめない事」「譲らないこと」「他のカウンセラーと比較させない事」「信頼関係を失わない事」です。15年以上苦しんで来られたクライアントも大変でしたでしょう。単なる「強迫神経症」でなかったから。ありとあらゆる症状を持っておられたから。しかし、もう最終カウンセリングに入っていて通っていただくこともないでしょう。
人と話をするのが怖い。自分は他の人のように会話に入れない。自分の悪口を言われている。他の人のように活発に行動できない。どこに居ても皆が自分を見ている。
【当方のカウンセリング方法】
最初はカウンセリングに来ても全く無口で、どのように心を開いてもらうかに苦心しました。そこで、幼少期から「いじめ」や「どんな悪口を言われたか?」「いつまで嫌がらせを受けたか?」などを聞かせていただきました。高校時代も転校を余儀なくされた経験などを言われるようになりました。
【結果、現在は?】
(1)自己嫌悪の気持ちを捨ててもらうこと。
(2)他人と比較しないこと。
(3)コミュニケーションの方法を指導などを行いました。
(これには時間がかかりました。)
(4)不信感を持たないように助言しました。
その結果、挨拶が出来るようになり、自責の念を持たなくなりました。罪悪感を捨ててもらい、友人をつくるために「合気道の道場」に通うようになりました。そして表情の硬さを笑顔に持っていきました。
【回復までの期間】
回復するまでは1年2ヶ月。今では介護資格2級を取得してグループホームで介護士として元気に働いています。職場でも一度上司の女性から暴言を吐かれたが、すぐに責任者の方にルームに来ていただいて、上司の女性に指導してもらうようにして円満解決しました。職場の問題でも不当な扱いがあれば介入します。
中高一貫教育の学校に通っていたが、3年生の2学期から突然「不登校」になりました。両親が聞いても全く答えようとしません。父親が当ルームをホームページで調べて電話して来られました。
【当方のカウンセリング方法】
一度カウンセリングに来てもらいました。すると本人も一緒に来たので驚きました(通常は本人は来ません)
【結果、現在は?】
何が原因しているか聞くこと。「いじめはないか」「友人関係はどうか」「家族との関係はいつ頃から変化したか。」「教師との関係はどうか」など。
中高一貫の学校から他校の生徒も集まる高校に転学したいことが判明しました。両親は猛烈に反対されました。大学に進学するには今の「有名私立高校」に在籍しておきたい。そこで、両親と本人の考えている進路が違うのだから、本人の意思を尊重するように両親の説得に取り掛かりました。「世間体を気にしているよりも、友人を多く持ちたいと考えている本人のどちらが大切か?親がいつまでも子どもを見ていけないのだから、将来の進路も本人の意思を尊重するように説得しました。
【回復までの期間】
現在は他の私立高校に合格して元気に通学しています。「学校不適応」もあることを両親にわかってもらい、大学受験もまだ1年生なのに既に決めているようでしたので、努力するように助言しています。今はメール交換をしています。
【解決までの期間】
3ヶ月